大須商店街

OSU Daidochonin Matsuri大須大道町人祭

■大須大道町人祭
毎年10月に行われる「大須大道町人祭」は、官製のお祭である「名古屋まつり」に対抗してはじまった〈市民のための市民による〉お祭です。昭和53年、戦後の都市計画からはずれ廃れかけていた大須の街に、かつてのにぎやかで楽しい大須を取り戻すため、街の人々は立ち上がりました。第一回大須大道町人祭は1978年10月14日、15日の二日間行われ、「名古屋まつり」と同日開催にも関わらず、50万人もの人出となりました。それから40年以上、祭への熱意は消えることなく、毎年、非常にたくさんのお客さんでにぎわいます。

日本で最初に行われた大道芸のイベントが「大須大道町人祭」です。ジャグリングや舞踏、パントマイム、ガマの油売りなどさまざまな芸を間近に見ることができます。

この祭の最大のシンボルは「おいらん道中」です。明治時代、大須に遊郭が設置され、一大繁華街として栄えた歴史的背景から、祭の華として毎年「おいらん道中」が行われています。一般公募で選ばれた女性たちが、華やかなおいらんに扮し、大須の街を練り歩きます。

大須大道町人祭
大須大道町人祭
大須大道町人祭
大須大道町人祭
大須大道町人祭
大須商店街

Oiranおいらん道中

享保以降(18世紀後半以降)になると、花魁(おいらん)は、新造や禿(かむろ)を従えながら、抱え主の家から揚屋までを道中しました。この時、花魁(おいらん)は、約20kgもの重量の衣装を着て、帯を高く締め、15cm以上の高さがある高下駄をゆるりゆるりと歩いていきました。花魁(おいらん)の歩行方法は、八文字を踏むといいます。「外八文字」は、足の爪先を開いて外側へ踏み出します。「内八文字」は、両足の爪先を内側に向け、後を蹴って 踏み出し前で結びます。

大須大道町人祭では、一般公募で選ばれた20人の女性が花魁(おいらん)に扮し、前夜祭も含め延べ7回の「おいらん道中」が行われます。

おいらん道中 おいらん道中

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